アララ・クランと高原鋼一郎は、果てしない青空が見える砂丘の上にいた。
二人の愛の巣、すなわち新居探しのためである。
時刻はそろそろ夕暮れにさしかかる頃であり、
それまで風がなかった砂漠に熱く強い風をもたらしていた。
巻き上がる砂が苦しかろうと耐砂ゴーグルを差し出した高原の手を
アララはそっと遮り、詠唱を始めた。
すると、風向きの反対方向から新たにほぼ同等の強風が訪れ、
辺りは真昼にそうであったように、無風となった。
「ここには風力発電用の塔でも作りましょうか?」
「ああそうですね。燃料を使うよりはずっと良さそうだ」
「…出費も抑えられるし」
「まったく現実的ね。鋼一郎は」
「身体に染み付いてるんですよ。こればっかりは性分でして」
交わす言葉はまるで夫婦のよう。
アララは、岩山を見ていた。そして、高原を振り返って話しかける。
「緑は好き? 私の髪の色のようなもの」
「貴方が好きなら、俺も好きです」
その言葉に不服なのか、頬を可愛く膨らませたアララは
ツンとして言った。
「主体性を持ちなさい。貴方、私の旦那様でしょ?」
その言葉に、高原は苦笑しながら謝った。
「緑は好き?」
「好きです。この国にはあまり無かった色だから」
改めて問うたアララはその答えに満足して微笑むと、
愛する人の首に手を回した。燃えるような赤い髪が高原の頬にかかる。
アララは左手を岩山に向け、破壊した。
そのまま高原の額に自分の額をくっつけた。
見えない壁がアララと高原を守り、岩山の残骸が跳ね返って地に落ちる。
そして大小さまざまな岩が砂漠の砂の上に満ちて、岩地となった。
「強い女は嫌い?」
「いいえ、そういう人に惚れましたから」
「私は貴方が好き」
「理由は私にも分からないけれど」
そういって話す間にも、岩は降り注ぐ。
アララは、首に回した手に力をこめると、より強く、ぎゅっと
高原にしがみついた。
すると、周囲の風景に変化が起こった。
二人を置き去りにして、時が進む。
日が沈み、昇り。暗くなり、明るくなり。
星がきらめき、雲が流れ
月が満ちては欠けてゆく。
その中で、高原はアララにそっと告げた。
「俺も、貴方が好きですよ」
その言葉と、意味がアララの心に染み渡る。
愛しい人にそう言ってもらえることが、どんなに幸せなことか。
アララは微笑んで目を閉じ、
先ほど岩山を崩したその手に種をのせた。
種はアララの手を離れ、風に舞い、
岩の下へ導かれていった。
時の流れは早さを増す。
めまぐるしいほどに周囲の風景が廻ってゆく。
幾たびも夜明けを経た岩地の下には、夜露と朝露の名残が確かに残っていた。
適度に水を含んだ岩の下に種は根付き、芽吹いて、やがて美しい花を咲かせた。
見渡す限りの周囲に花が満ち、様々な色に岩地を染め上げている。
驚いて言葉も出ない高原をよそに、アララは次に育てるものの話をしている。
手伝えることはないかと尋ねた高原に、アララは首を振って、
外に出るのは駄目だと告げた。
時間の加速は、まだ止まったわけではなかったのだ。
「本当はこれで、貴方の子孫をずっと見ていようと思ったの」
「私を知らない貴方の子孫に、どう挨拶しようか、考えていたのよ?」
高原を見ながら、どこか色々と間違った、ある意味壮大な話をしている。
「それでも、子供やら孫やらに嫌がられても話を聞かせましたよ。いつか訪ねてくる日まで」
「あら。そんなことしなかったじゃない」
「だからそうなってたら、です」
「貴方がやったのは、私が眠らないようにしてキスよ」
アララは微笑んで高原に抱きついた。ぎゅーと音がする程抱きしめる。
高原は少し照れながら、抱きしめ返した。
「シオネ・アラダがなぜ地べたすりと一緒になったのかわかったような気がするわ」
「当代の、ですか」
「まさか」
「私はまだあんなのを、あの人の跡継ぎなんて認めない」
アララは誰に言うでもなくそう呟いた。
そのあと、そっと長いキスをしたあと、手を振って
幾分か普通すぎるくらいの家を呼び出した。
「私が手で掃除できるサイズにしたけど、まだ大きいかしら」
「でもいいか、どうせ、小さいお手伝いも増えるしね」
「いや、いいと思いますよ。これ以上広いと俺も掃除できませんし」
「え」>小さいお手伝い
その言葉の真意に気づいて赤くなる高原を見て、
アララは悪戯っぽく無邪気に微笑む。
何でもありません、といって胸の動悸を抑えようとする高原の反応に
不満だったらしいアララは、耳たぶを唇で引っ張って、「それだけ?」
と耳のすぐ近くで甘くねだるように囁く。
「旦那様はもう少し、何かを言うべきです」
「ど、努力します…」
結婚前なのに既に新婚のような相思相愛ぶりである。
それから家族のこと、昔のアララの家のこと、
高原が夜明けの船で会った光る男性のことを話しながら、
二人で寄り添って暮れてゆく陽を眺めて。
幸せな時が、過ぎてゆく。
ふいに、アララは目を細め、頬を膨らませた。
「さて、日が落ちないうちに家の中を見ておき…どうかしましたか?」
話に夢中になって、考え込んでいた高原が不満だったらしい。
少し怒って、家に帰っていった。
そのあとを、高原が追いかけて行く。
暮れ行く陽と、昇り行く月が、その光景を見ていた。
共に過ごし始めた夫婦を、静かに見守るように。
戻る